夢を叶える145☆セルフイメージの変容と引き寄せ
「もう、行こうか?
ママが待ってる」
と良子が言った。私は頷き、グラスに残っていたオレンジジュースを飲み干した。小学四年生、良子に連れられて、はじめて子どもだけで入ったドーナツ屋さん。私たちは向かい合って座り、食べながらおしゃべりした。母親が迎えにくる時間が近づいていた。
【夢を叶えるワンポイント☆09】言えなかった「ごちそうさま」
「これ、どうしようか?」
と私は聞いた。お皿にはまだ、ドーナツが半分残っている。
「私、いらない」
良子はそっけなく答えると、さっさと席を立った。
「捨てちゃおう」
耳を疑った。良子はお手拭きでドーナツをつまみ、ポイとゴミ箱に捨て、スタスタ歩きだした。
私の母はお菓子づくりが趣味で、いつもおやつを手づくりしてくれた。食べ物の大切さについて、母は人一倍厳しかったように思う。世界には食べ物がなくて死んでいく人がいっぱいいる、食べ物に感謝して「ごちそうさま」を言いなさい、と母からいつも言われていた。母が手間をかけてつくってくれたお菓子を、無駄にしようと思ったことはなかった。
持って帰ろうよ
その一言が言えなかった。「ごちそうさま」が言えなかった。母の言葉が頭をよぎった。このドーナツで、貧しい人たちのお腹を満たせるだろうに。でも、言えなかった。まだ食べられるドーナツの投げ入れられたゴミ箱を何度も振り返りながら、私はとぼとぼ良子を追いかけた。情けない自分。思い出す度に胸の奥が痛んだ。
十年ぶりに、良子と再会した。看護師になるために、勉強中だという。私たちは向かい合って座り、思い出話に花を咲かせた。良子は紅茶に砂糖を入れない。砂糖の包みが一つ、余った。紅茶で濡れてしまったから、お店ではもう使い回せないだろう。
「ごちそうさま。
これは持って帰るわ」
良子は砂糖の包みを、カバンにそっと入れた。
「いつか途上国での、
医療に携わる仕事がしたい。
栄養失調で死んでいく子どもを救いたい」
と良子は呟いた。志で看護師の仕事を選んだとは知らなかった。そう言うと、良子は笑いながら首を横に振った。
「大学の先生で、かつてそういう地域で医療経験された方がいてね、そこでの経験を、講義の前に話してくださるの。それで、興味が出てきたのよね」
なるほど、と思った。看護系の大学なら、そんな話に触れる機会も多いのだろう。貴重な体験談を聞かせてもらえていいなと思った。一方で、こんな風に、人の話を聞いて自分の考えを変えられる良子を尊敬した。素直に耳を傾け、自分自身の生き方を見つめ直すことができる良子は、きっとこれからも出会う人の良いところをどんどん吸収して、いつか夢を叶えて素晴らしい看護師になるだろう。
ふと、自分自身のことを考えた。小学生だったあの頃、あれだけ母に大切な話を聞かされていながら、行動に移すことができなかった自分。急に恥ずかしさがよみがえった。あれから自分は何か変わっただろうか?自分から進んで食べ物を無駄にしようとは思わないが、あの時と同じように見て見ぬふりをすることは、正直少なくない。すぐに流されてしまう。これでは、食べ物の大切さを頭では分かっていても、わかっていないのと同じだ。私も変わりたい、変わらなければと思った。
かつては食べ物を捨てることに、何の罪悪も感じなかった良子。彼女は変わった。あの時私が言えなかった「ごちそうさま」を、彼女自身の口から聞くことができた。嬉しかった。当時の私の情けない気持ちまで、拭い去ってくれた。私の意識を変えてくれた。十年ぶりに、胸のつかえがおりた。
著者プロフィール
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一周まわって結論は、「自分のやりたいようにやろう!」
理系に進みながら、書くことを仕事にしたいという夢をあきらめきれなかった会社員。東北在住の建設コンサルタントです。誰になんと言われようと、自分のやりたいようにやるんだ!という思いから、毎日をもっと楽しくするために、まずはちょっとずつ、前進しては、戻って、またちょっと進んでの日々です。
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