夢を叶える145☆セルフイメージの変容と引き寄せ
この酔っ払いの姿が描かれなくなるという事は、その背景に我々日本人の経済状況、家庭状況、労働状況の変化が想定できるわけだが、話はそれに止まるものではあるまい。それらは描かれなくなった直接的原因ではあるかもしれないが、事態そのものを説明していない。事の本質はこの国の文化的、さらに突っ込んで言うなら神道的感受性の表現の一つが消失した、ということだろう。いや、この言い方は多分に僕の願望が含まれる。“表現の一つ”どころではなく、“感受性”そのものが部分的に失われた、という事だ。
帰って来い、ヨッパライ!(4/4)
―――まあ、いいじゃないか―――
この感受性の消失。考えてみれば、あのマンガ表現が見られなくなった時期と、“過労死”“うつ病”“パワハラ(パワーハラスメント)”“DV(ドメスティック・バイオレンス)”“虐待”“引き籠り”“モンスターペアレンツ”などの言葉が画面や紙面に躍るようになった時期とは奇妙に一致する。“節操無き妥協”の一表現が描かれなくなった頃から、恐らくは上手に妥協できないところで引き起こされる種々の問題が浮上し始めるのである。
日本人特有の曖昧さとか、やたらと妥協したりなし崩しになったりする傾きは、海外で非常に評判が悪い。日本人のこの特質は、しばしば欧米人から揶揄の対象となったところのものだ。“グローバリズム”とやらの進展ゆえに、こういう指摘を直に受ける者が増えたことで、欧米崇拝から未だ抜け出せないでいる我が同胞たちは、ほぼ無条件で自らの遺伝子に刻まれたこの特質を、ローカルで愚劣な、恥ずべきものと決めつけたのだろう。このため、“グローバリズム”を錦の御旗に、一種の強迫観念から、やれ“コンプライアンス”だの“リスクマネジメント”だの、“インフォームドコンセント”だの“エビデンス”だの、一見ロジカルかつ合理的なので表立って文句は付けられないが、我々の生活を確実に世知辛いものにした横文字が、嵩にかかったような圧力を伴って幅を利かせたのに違いない。
もちろんこれらの概念とその導入は悪いものではない。こうした事によって、これまで声を上げる事が出来なかった立場の弱い人々がその立場を主張し、またその声にこの国の社会全体が敏感になったことの意義は大きい。僕自身も、そうしたことの恩恵を享受する一人であることは確かだ。しかし我々に欠けていたのは、そもそもそうした概念が、本場の欧米でなにゆえに生み出されたのか、ということへの考察だろう。こうした考え方や概念は、視点の設定の仕方によっては様々な論じ方ができるのは言うまでもないにしろ、要するに“最大のコストパフォーマンスの実現”を目的としたものだ。だが我々日本人は、そのように自ら気づくのは難しいが、もともと世界史上の奇跡と言えるほどに、ぶっちぎりでコストパフォーマンスの高い連中なのである。しかもこれは、何も今に始まったことではなく、すでに戦国時代には宣教師たちによって、驚きをもってヨーロッパに紹介された民族性なのだ。では何故ご先祖様たちは、こんな化け物じみた勤勉さを維持できたのか。思うに、“節操無き妥協”という正反対のデタラメさでバランスが取れたからだろう。裏から見れば、こういうデタラメさをベースにしていたために、驚異的な勤勉さを己に課しても壊れずに済んだのだ。
こんな可憐でユーモラスな人々から、そのユーモアを取り上げたらどうなるか。そうしたことの帰結が、“うつ病”や“パワハラ”だと言っても、穿ち過ぎではあるまい。
やはり、あの酔っ払いには帰って来てほしい。別にサラリーマンである必要はないし、既婚である必要も男性である必要も無い。スーツ姿である必要ももとより無いし、手に提げるのが寿司の折詰でなくたっていい。ただただ上機嫌に酔っ払い、非日常の夢想と日常の責任感の境界上でだらしなく笑っていて欲しい。
―――まあ、いいじゃないか―――
我々が今最も必要としているのは、この言葉とその体現だろう。あの酔っ払い自身に“オラは死んじまっただァ~~♪”と唄わせてしまうのは余りにも気の毒だ。せめて週末には駅前であの姿に出会ったり、たまには自分自身がその姿になる事の意義は、存外小さくないかも知れない。奴が黒い額縁に収まってしまう世の中は、思うに、我々を決して幸福にはしないだろう。
帰って来い、ヨッパライ!:終
著者プロフィール
- 長野県上田市出身。明治大学文学部卒。予備校講師(国語科)、カイロプラクター、派遣会社の営業担当等を経て、予備校講師として復帰。三児の父。居合道五段。エッセイ・小説等でこれまで16のコンテストで受賞経験あり。座右の銘は『煩悩即菩提心』。2016年、山家神社衛士(宮侍)を拝命。WEBサイト「Holistic Style Book」、「やおよろず屋~日本記事絵巻」、地方スポーツ紙「上田スポーツプレス」でも活動中。右利き。
発想法2018.03.24正義のバトン(2/8:第一回Kino-Kuni文學賞佳作受賞作品)
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