夢を叶える145☆セルフイメージの変容と引き寄せ
ない。
どこを探しても、ない。
ヴィトンのバッグがない。
高校生の時、雑誌の中の、すごく大人っぽいモデルさんが持っていたヴィトンのバッグで、ずっと憧れてて、はじめてのバイト代でドキドキして買ったものだ。大切に、白い専用の袋に入れてしまっていたのに、どこにもない。
三四郎に聞いても、知らないし、見たこともないという。
実家に電話して、母に聞いても、知らないという。
【奇跡の女~アンの物語⑤】手紙
おかしい。
引越してきた時には、絶対にクローゼットに置いていたはずだ。しかし、三四郎に二度、同じことを聞くと怒られるので、もう聞けない。わけが分からず、プチ・パニックになりかけたが、一緒に出かける準備をすでに終えている三四郎を、これ以上待たせるのも恐ろしかったので、その日は諦めて、別のバッグで出かけた。数日、そのバッグのことは忘れていた。しかし、ないという事実はどうしても納得いかず、もう一度、勇気をふり絞って三四郎に尋ねた。
「本当にごめん、何度も聞いて(二回目やけどな)」
「前にも訊いたと思うねんけど、私のヴィトンのバッグ、見てない?友だちにも貸してないしな・・・どこ探しても、ないねん」
意外な返事が返ってきた。
「あ、思い出した。友だちに貸してん、あれ」
(?????)
(彼女の大切な物を、勝手に他人に貸すって?どういうこと・・・)
理解ができず、しばらく固まった。三四郎の女友だちが、どうしても貸してほしいというから、貸したという。私には、どう嚙み砕いても理解できない行いだった。
(まず、他人にバッグ借りるかな・・・)
(いくら同棲してるからって、親しき中にも礼儀ありやろ・・・)
(見たこともない、ゆうてたやん)
(勝手に、ようそんなことできるな)
色んな感情が沸いていた。怒りに似たような、腹立たしい気持ち。思ってることを感情のままに話せない、苛立ち。しかし、なぜかすでにキレ気味の三四郎に、これ以上追及できないと思い、早めに返してもらうようお願いして終わった。
それから、一カ月が経った。まだ、バッグは返ってこない。それどころか、この一カ月の間に、新たな紛失物が浮上してきた。指輪だ。しかも、これはバッグよりも、もっともっと大切なものだ。そんなに高価なものではないが、本物のダイヤがきちんとついていて、ピンクゴールドの可愛いらしいリングで、気に入っていた。祖母が母にあげて、母から私にまわってきた、思い出の品だ。おかしい。こんな立てつづけに物がなくなるなんて、おかしい。千と千尋の神隠しは、宮崎駿作品の中でダントツで好きな映画だが、誰かが喜びそうなものばかりが、現実の世界で神隠しにあうなんて!三四郎を、怪しむようになってきた。私以外に、三四郎しか住んでいないのだから。さすがに、今回は友人に貸すことはあるまい。指輪を貸してほしいなんていう友だちは、まずいないだろう。もともとバッグのことも、まったく納得がいっていなくて、モヤモヤしているところで、指輪の紛失だ。しかも、絶対に、自分が失くしてはいないのだ。さすがの私もつい、頭ごなしに怒ってしまった。
「なぁ!私の指輪、知らん?まさか、指輪まで、勝手に友だちに貸したとか言わんよな!」
案の定、逆ギレ全開で返答してきた。
「うるさいねん!誰のお陰で、生活できてるおもてんねん!俺の親の金でメシ食っとるくせに、偉そうにゆってくんな、ボケ!」
話が変わっている。そんな話は、していない。そして三四郎は、呆れ顔で、ため息交じりに話しはじめた。
「ホンマのことゆうたるわ。バッグも指輪も、質屋やねん」
「親が全然、金送ってけーへんし、お前もまったく働かへんし、金なくなる一方やから、俺が生活する金つくったってん」
「怒られる前に、感謝してほしいくらいやで」
「そんなに大事なもんやったら、お前も親から、もっと金送ってもらえよ。心配せんでも、質屋なんて、金持ってったらすぐ戻してこれんねんて」
何を言っているのだろう、こいつは。怒りも、苛立ちも、腹立たしさも、一瞬で消えてしまった。呆れ顔になったのは、こっちだ。ビックリしすぎて、言葉にもならなかった。私は、今までこんなダメ人間に出会ったことがない。よくもここまで、自分のしたことや考えを、堂々と正当化できるものである。
いや、三四郎は正しい。正しいことをしたと、本心で思っているからこその自信だ。そしてこれこそが、三四郎のパワーなのだ。冷静に聞けば、完全なダメ人間の戯言なのに、世の中や、男をなんとなく見下して育ってきた、常識のない世間知らずの20歳の小娘からすると、これも三四郎の説教に聞こえてくる。
(三四郎も悪いけど、私もバイトしてなかったしな)
――――― いや、禁止されてたんやけどな
(私との生活のために、やってくれたことやわ・・・怒ったらあかんかな)
(私も、親に頼まな!)
ツッコミどころ、満載である。もはや、両者につける薬はない。
私は、母親に心配をかけたくない一心で、三四郎との生活について、嘘ばかりついていた。とても優しくて面白い人で、仲がよく、同棲もうまくいっていて、結婚も考えていて、お金をたくさん持っている素敵な人。そんな風に伝えていた。本当は、自分の親を脅すようなことを言う人なのに。事実を伝えると私の親が悲しむし、ショックを受けることが分かっていたから、いいことばかり並べた。そして、三四郎の言動をそのまま伝えたら、別れなさいと言われることも、分かっていた。誰にも真実を伝えることはなかったし、伝えたいとも思っていなかった。世の中のカップルはみんなこんなもんで、殴られたり蹴られたり、ケンカのたびに暴力があっても、日常は仲良しだし、そういう試練を乗り越えてこそ、本当の愛なのだと思っていたのだ。三四郎が仕事をしていなくても、親に頼んで送金させたり、彼女の大切なものを質屋に入れてお金をつくるなんて方法をとっても、それがどんなに卑劣で情けない方法でも、それは全て私のため、私への愛なのだと、本気で思っていた。
結局、何年経っても、お金ができたところで、質屋の場所は教えてくれなかったし、バッグも指輪もとり戻せなかった。
三四郎は、どうしてこんな風になってしまったのだろう?自分とはかけ離れた考えの持ち主であり、そこに惹かれたのもまた事実ではあったが、お金に関する考え方には、いつも驚きを隠せなかった。私の両親は共働きで、毎日、遅くまで一生懸命に働いて、家族のためにお金を稼ぎ、決して裕福な家庭ではなかったが、私や姉や弟に、たくさんの愛情を注いでくれた。親だから、当然。親が子どもに愛情を注ぐのは、普通のこと。そんな風に思っていたのは、三四郎に出会う前までだ。
ある時、三四郎から、いつもの反省文をもらった。その日は定期的に訪れる、爆発期で大暴れした翌日の、お決まりの謝罪文だ。しかし、内容はいつもと少し違っていた。
大好きなアンへ
怒って暴力をふるってしまうのは、本当に悪いと思ってる、ごめんな。許してほしい。
今日は、俺の過去の話を書きます。
前にも少し話したと思うけれど、俺は幼いころ、父親に暴力をふるわれてた。保育園のとき、些細なこと、たとえばジュースをカーペットにこぼしたとか、そんなことですぐブチ切れて、往復ビンタされて、顔がパンパンに腫れあがったこともあったし、機嫌が悪いときに話しかけただけで、何度も蹴られたこともあった。
そんな父親が大嫌いで、それをいつも見ていながら、一度もかばってくれへんかった母親も大嫌いやってん。二人とも、本当に早く死ねばいいのに。事故にでもあえばいいのにって、毎日、夜寝る前に祈って寝てたころもあってん。
けどある時、俺が中学生になって、父親より体が大きくなって、暴力に抵抗できた時が、最後になった。その日から俺は、めっちゃグレて、最終的にはヤクザとつるむようになっていった。すべては、親への仕返しやったんやと思うわ。もう今は、そんなむちゃくちゃなこともしてないし、親にも長生きしてほしいとは思ってるけど、昔のことは、やっぱり許せてないねん。きっと、アンに暴力ふるってしまうのも、親のせいやねん。俺がこんな風になってしまったんは、全部親のせいやねん。
だから、これからも俺は、親に金送ってもらうことをやめへんし、あいつらは俺に金を送ることで、過去の償いをせなあかん、と思ってる。だからアンは、お金の心配はせんでええで。ただ、俺のそばにおってくれたら、それだけでええねん。今はこんなんやけど、俺はアンと一緒におったら、変われる気がすんねん。アンが親とか家族をすごく大切にしてるの見とったら、俺も親のこと、そのうちきっと許せる気がすんねんな。
だから、俺のこと、見捨てんといてほしい。アンがおらんかったら、昔の俺に戻ってしまいそうで、怖いねん。もう二度と、アンには暴力はふるいません。大好きやで。
三四郎より
はたして、これを謝罪文と呼べるだろうか?なんとも重い、深い手紙だった。自分とは180度違う家庭環境で育ち、そんな人生があるのかとショックを受けるのと同時に、三四郎への同情が込みあげてきて、自分が暴力をふるわれた昨晩のことはもう忘れてしまい、“幼少期に愛情をもらえなかった、親からの愛情不足が、今の三四郎をつくりあげているのだ”と悲しくなった。自分がどれくらい幸せな家庭環境だったかも思い知らされ、ますます三四郎が哀れに思えてきた。
「見捨てるわけないやん!
私はずっと、三四郎の味方やで!」
私が、親の分まで愛してあげようと、誓った。
ますます、絆は深まった。
著者プロフィール
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愛魚と暮らす女。世界平和と児童虐待撲滅を心底願い、ただ今、医学を勉強中。
自己啓発と人間関係と創世神話と美容と性と心理学が大好き。将来の夢は、小料理屋で働きながら、自叙伝を執筆すること。
小説2017.02.07【奇跡の女~アンの物語⑥】アンと良子
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