夢を叶える145☆セルフイメージの変容と引き寄せ
今からもう10年以上前のこと。
現在中学生の長男がまだオムツを穿いていた頃、奴は父親の僕が会社に行っている間に時々「お父ちゃんのマネ」をしていたらしい。そこら辺にある物を手あたり次第両手にぶら提げて、一旦テコテコと玄関に走って行き、居間のドアを開けながら
「タダイマァ~」
とやっていたのだそうだ。
帰ってくる人(前編)
当時の長男にとって、父親の僕はどうやら「荷物をいっぱい持って帰ってくる人」であったようだ。その頃の僕は確かにカバンやら弁当やら、時にはノートパソコンを持って仕事に行っていたが、他者からそのような存在として規定されたことはもちろん無かった。妻から話を聞いた僕は、一度それを見てみたいと思い、「どれ、お父ちゃんにも見せてみろ」と何度か言ってみたが、息子は僕の前ではやろうとしなかった。それで、「タダイマァ~」を見るのは当時、妻の特権(?)となっていた。
当時の長男が捉えていた僕の存在様式には不思議な角度がついていて(むしろシンプルすぎるのかも知れないが)、「そう来るか!」と不意打ちを食らったような気分だった。興味深くも新鮮にも思ったが、それよりも自分が「荷物をいっぱい持って行ってしまう人」ではなく、「帰ってくる人」として息子の中に刻印されていたということは、今思い返してみてもなかなか感慨深い。この点に関しては、わずかながら自分を褒めてやってもいいのでは、などと思ったりもする。僕という男は“不肖”もいいところだが、己の父親に対する位置づけの有りようだけは、自分の息子にも伝えることができたらしい。
僕が幼かった頃、父は他県に単身赴任に出ていたが、土曜の夜には必ず帰って来た。日曜の朝に両親の寝室の戸を開けて、そこに父の姿が無かったことは一度もない。僕にとっての“父”の概念は、“普段はいないが、日曜日の朝に寝室を開けると必ずいる人”というものだった。
長男を身籠もった折、妻は出産前の一ヶ月、産後の二ヶ月を実家で過ごした。妻の実家は当時借りていたアパートから、峠を越えて車で片道二時間半。同県内とは言え、今でも義父母への御機嫌伺いはちょっとした旅行の観があるが、産前産後の三ヶ月間、僕は雨が降ろうが雪が降ろうが、週末には必ず妻の顔を見に行った。産後は、その日の息子の沐浴係を誰にも譲らなかった。ことさら肩肘を張ってそうしていたつもりはない。自分の中に刻印されている極めて自然な感情で、それが夫として、父親として当然あるべき姿だと捉えていたというに過ぎまい。
もし僕が捉えていた父親の在り方が、息子の「タダイマァ~」につながっていたのだとしたら、それは多分悪いことではないのだろう。妻も、色々とすっぽ抜けている夫の僕には様々な苦言を呈するが、あの三ヶ月の往復については、「何もそこまで」と半ば呆れつつも、今もって悪からず思ってくれているようだ。
父親、あるいは母親が、子供達の心に一種の“不動性”をもって刻印されるということの意義は、決して小さなものではあるまい。幼い頃の長男にとって、僕は「夜になると必ず帰って来て、遊んだり抱っこしたりしてくれる人」だったと思われる。反抗期の今では「必ず帰ってくる、やたらと面倒臭い奴」だったりするのだろうが、ある存在が“必ず”“ある”、と確信されることは、他者に対する根源的な信頼の根拠となり得るのではあるまいか。幼い頃の僕にとって父がそうした存在だったことは、僕という度し難い男の精神の奥底に、消えざる一穂の灯を、今もって点し続けているように思われる。
僕の父は別段際どい特徴の持ち主だったとは思われないが、息子の僕自身は、およそ他者から「普通の人だね」と言われることがない。“個性的”だとか何だとか、そうした下らないことを言いたいのではなく、要は誰から見ても変わり者、ということだ。また、恐らくは小学校2年生あたりから形成された、他者に対する懐疑がいまだに人格の中にがっしりと根を張っている。いずれが先かは自分では分からない。他者への懐疑があるから変わり者になってしまったような気もするが、変わり者だったから懐疑の念を持ったのだ、と言われれば頷ける部分も少なくない。しかし、この二つが密接に関連しているらしいことは確かなようだ。
著者プロフィール
- 長野県上田市出身。明治大学文学部卒。予備校講師(国語科)、カイロプラクター、派遣会社の営業担当等を経て、予備校講師として復帰。三児の父。居合道五段。エッセイ・小説等でこれまで16のコンテストで受賞経験あり。座右の銘は『煩悩即菩提心』。2016年、山家神社衛士(宮侍)を拝命。WEBサイト「Holistic Style Book」、「やおよろず屋~日本記事絵巻」、地方スポーツ紙「上田スポーツプレス」でも活動中。右利き。
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