精神的な強さとは、堅牢な信頼関係がなければ生まれない。かつての日本社会には、前提としての信頼関係があった。そう考えれば、随分贅沢で豊かな時代だったと言える。
“昔はみんな貧乏だった。今のように物が豊かではなかった”という反論は当然あろう。しかし、今の世の中を“物の豊かな時代”と感ずることができるのは、豊かでなかった状況を経験したからだ。最初から与えられたものが、それを豊かだと受け止めることはできない。例えば、戦国時代に較べて江戸時代は相当豊かだったはずだが、江戸期よりずっと豊かな時代に生まれた今の大人世代が、自分たちの生まれた時代を“豊か”とは言うまい。“今ほど豊かではなかった”と言うはずだ。物が豊かにある今の状況が、それを前提条件として生まれた今の若者達にとって「退屈で、うんざりする日常」に過ぎないとしても、非難することはできない。その非難を江戸期の庶民に聞かせれば、きっとこう言うだろう。
―――なんでぇ、てめぇだっておんなじこと言ってんじゃねえか―――